熊出没と企業のBCPについて考える


~想定されうるリスクに備えた体制構築の重要性~

近年、全国各地で熊の出没が相次いでいます。東北地方でも市街地に出没するケースが報じられ、仙台市内でも熊の目撃情報が確認されるようになりました。これまで「山の中の話」と思われていた野生動物との遭遇が、いまや企業活動に直接影響を与えかねない現実的なリスクになりつつあります。

熊の出没は一見「自然環境の問題」のように見えますが、実は企業の事業継続(BCP:(Business Continuity Plan:事業継続計画))に関わるリスクとしても捉える必要があります。本稿では、熊出没という一例を通じて、あらゆる不測の事態に備えたBCPの考え方を見直す機会としていただきたいと思います。

熊出没が企業に与える影響とは

熊の出没が報じられると、多くの企業では「従業員の通勤や現場作業への安全確保」「周辺住民への配慮」「業務の一時停止」など、直接的な対応が求められます。特に以下のような業種では影響が顕著です。

建設業など、屋外作業が伴う業種 早朝の現場作業開始時に目撃されれば、その日の工程全体が遅延します。特に複数の工程が連動している場合、一箇所の停止が全体の生産計画に波及し、納期遅延による取引先への影響も避けられません。

農業・林業など、自然環境と隣接した地域での事業 収穫期の作業中断は、年間収益に直結する深刻な損失になります。果樹や野菜は収穫適期を逃すと商品価値が大きく下がるため、数日の遅れでも経営に打撃となります。

運送業など、移動を伴う業種 配送ルート上での目撃により、広域での迂回を余儀なくされ、納期遅延が連鎖的に発生します。特に時間指定配送や冷凍・冷蔵品を扱う場合、代替ルートの確保や顧客への説明対応に追われることになります。

保育園・介護施設・学校など、安全管理が重視される施設 園児・利用者の送迎や屋外活動の中止により、保護者・家族への影響も広がります。代替プログラムの準備や保護者対応に人員が取られ、通常業務にも支障が出る可能性があります。

これらの現場では、熊の出没が一度でも確認されると、従業員や顧客の安全確保を最優先して事業を一時的に止めざるを得ない状況が生じます。たとえ短期間の中断であっても、生産や販売に影響し、取引先との信頼にも関わる可能性があります。

「熊出没」は想定外ではない ― リスクの定義を広げる

BCPというと、多くの経営者がまず思い浮かべるのは地震・水害・火災といった「自然災害」かもしれません。しかし実際の事業リスクはそれだけにとどまりません。感染症の拡大、物流の途絶、停電、サイバー攻撃、そして今回のような野生動物の出没による安全リスクも、すべて「事業継続を脅かす要因」として捉えるべきです。

「まさか自社には関係ない」と思っていた事象が、ある日突然発生する――。これがリスクの本質です。熊の出没をきっかけに、自社のBCPがどこまで想定をカバーできているかを見直すことは、今後のリスクマネジメントに大きな意味を持ちます。

BCPをつくる目的は「止めないこと」ではなく「立て直すこと」

BCPは、災害などの緊急時において「重要業務を中断させない、または早期に再開させる」ための行動計画です。しかし、BCPの目的は単に「止めないこと」ではありません。どんなに備えても、すべての事態を防ぐことは不可能です。大切なのは、被害を最小限に抑え、できるだけ早く平常に戻すための仕組みをつくることです。

そのためには、次のような視点での準備が有効です。

重要業務の特定 自社の業務の中で「絶対に止めてはいけない」業務は何かを明確にします。

例えば製造業なら:

  • 優先度A:既存顧客への納品(売上・信用に直結。24時間以内の復旧が必須)
  • 優先度B:新規受注対応(将来の売上確保。3日程度なら猶予あり)
  • 優先度C:社内会議や報告業務(一時延期可能。1週間程度の猶予あり)

このように、「止めたら即座に損失が出る業務」と「数日なら猶予がある業務」を明確に区分することが第一歩です。業種によって優先順位は異なりますが、「顧客との約束を守る」「資金繰りに影響する業務」から逆算して考えることが重要です。

代替手段の確保 主要な拠点や人員が使えない場合の代替策を検討します。在宅勤務体制の整備、複数の仕入先確保、代替倉庫の契約など、選択肢を事前に用意しておくことで、緊急時の判断がスムーズになります。

緊急時の指揮命令体制 災害時・事故時に「誰が」「何を」「どの順番で」判断するかを定めます。社長不在時の権限委譲ルールを明確にしておくことも重要です。

訓練と見直し 計画は作って終わりではなく、定期的に訓練やシミュレーションを行い、実効性を検証します。年に一度でも、想定シナリオに基づいた訓練を実施することで、計画の実用性が高まります。

BCP策定を通じて"見える化"される経営の強みと弱み

BCPの検討を進める過程では、自然と「人」「モノ」「情報」「取引先」など、企業の内部資源を改めて整理することになります。これは単なる防災計画ではなく、経営の棚卸しの機会でもあります。

たとえば、特定の担当者にしか分からない業務が多い、主要取引先が一社に集中している、代替拠点や人材が確保されていない、といった課題が浮かび上がることも少なくありません。BCP策定を通じてこうした「経営の弱点」を可視化できれば、平時の経営改善にもつながります。

まずは「できる範囲」から始める

BCPというと、大企業のような専門的な計画書を思い浮かべ、「自社には難しい」と感じる経営者も少なくありません。しかし、重要なのは完璧を目指すことではなく、まず一歩を踏み出すことです。

緊急時の連絡網を整備する、従業員に避難経路を共有する、取引先との連絡手段を二重化する――。このような小さな取り組みでも、立派なBCPの第一歩です。中小企業にとって現実的な範囲で、実効性のある対策を積み上げていくことが、結果として「危機に強い会社」をつくります。

おわりに ― 想定外を想定する大切さ

熊出没という一見特殊な事例も、広く見れば「想定外の事態への備え」という共通の教訓を私たちに与えてくれます。自然の変化や社会の不確実性が増している今こそ、企業が主体的にリスクを把握し、備える姿勢が問われています。

BCPの整備は、単なる危機管理ではなく、企業が持続的に成長していくための"経営戦略"でもあります。「まさかの時」に慌てないために、そして従業員と地域の安全を守るために、いま一度、自社の備えを点検してみてはいかがでしょうか。